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【ユーフォ回】くみれいの日に勇気を出して

今日は9月30日!年度も半分!今年も残り3ヶ月! でもありますが、そうではなくて、そう、
く・み・れいの日
でぇす!まぁーーーーすてき!

2年前の今日は、劇場版「届けたいメロディ」の公開日でした。私、何をどう細工したのか、初日初回上映を川崎チネチッタで見ております。
1年前の今日は、私、「DREAM SOLISTERピアノアレンジ後半」を投稿いたしました。ちょうど台風が来ていてスリル満点でありました。当日はニコニコ動画にだけupload. 後日YouTubeにuploadしたのがこちらです:
【くみれいの日】DREAM SOLISTERフル後半【弾いてみた】


さて今年は、、、
実はうっかりしていて、準備がない!
しかし、何かしたい!
それでですね、勇気を振り絞って、描いたのがこれです。
20190930EuphoColors
すみません。ほんっとすみません。芸術的に美しいアニメーションの話題なのに、この絶望的な絵。。。
そうです、私、「壊滅的に、病的なレベルで絵が描けない」ものですから、、、
それでも、勇気を振り絞って、書いたのには訳があります。

他の誰も、こんなこと一言も話題にしていない、まして議論もしていない「ユーフォニアムのテーマカラーの意味」。
ということはおそらくはそこには意味というものはなくて、美しいさわやかな配色ということで選ばれたにすぎない、というのが真実であるのでしょう。
自説への固執は科学的な態度ではありませんし、証拠のない妄説を垂れ流すことは作品に対する失礼な行為であることは承知しています。
それでも私には、どうしてもこの色には意味が込められていると思えてならないのです。

そのことを書き残すために、こんな絵を描いたのです。
響けユーフォニアムの題字は、青と黄。このユーフォカラーがそれぞれ麗奈と久美子を象徴している。。。あとは、私が幾度かつぶやいてきたキーワードを右に書いてみました。
そして、「誓いのフィナーレ」では、それまでの作品にくらべて、「緑」がとても目に付くのです。秀一の瞳。久美子が贈ったお守りの音符。間接キスのボトルの色。縣まつりの日の秀一と久美子のペアルックの色。そして、さりげなくふんだんに描かれる森、木々。美しく人間的に円熟をとげた優子部長の後ろの、ほんとうに青々と豊かに繁る大木。 もっと言うならば、下から黄、緑、青という配色が、たびたび目に飛び込んでくるのです。合宿所の入口すぐに描かれた絵。校舎から遠景を望むシーン。久美子の家の居間に飾られた家族写真。グラウンド。そして何より、あすか先輩が久美子に渡した「魔法のチケット」。
緑は、青と黄のまじりあいでしょう。 まるで、「リズと青い鳥」の青と赤が交わった紫が題字であったように。
それは、天の飛翔の青、厳しい鍛錬の導きと、地の受容の黄、暖かい赦しの支えの両方によって育まれる、人の成長、円熟。
大地に根をはり、天の光と雨を受けて育つ木々、それは、厳しさと優しさのバランスのなかで育つ若者の象徴であろう。

人を導く天、支える地。麗奈と久美子はその象徴であり、響け!ユーフォニアムとはまさに天と地が人を育むという物語なのではないか。
もちろん荒唐無稽な、根拠のない妄説です。けれど。最初の映像であるテレビシリーズ。滝先生がはじめて登場する宇治神社できいていた曲は何だったでしょう。大吉山北中は「天国と地獄」です。南中は「ダッタン人の踊り」でした。なぜ、「天・地」「人」なのでしょうか。物語のすべてを巻き起こす滝先生と、天・地・人。天の麗奈、地の久美子。人は秀一なのでしょうか。

すべては、たった一人私だけが思っている、荒唐無稽な、根拠のない妄説です。

でも、書き残したかった。

「響け!ユーフォニアム」の色彩を決定された方に、真相をきくことは、もう、できますまい。
たとえたずねられたとしても、「作品は、見る方に解釈をゆだねます。解釈を京アニが明かすことはありません」とおっしゃることでしょう。
私のこんな説を流布してはご迷惑なのか、この珠玉の作品に対して、誤った解釈を広めてしまうことは大罪ではないか。
しかし、一生懸命考えて、たどりついたことを表明し、他の方々の批判を真摯に仰ぐ、、、そのことを忘れなければ、そして誤りがわかれば取り下げることを忘れなければ、、、その条件で、赦していただけはしないだろうか。

そんなことを考えて、記事として公開する次第です。

あらためて忌まわしいあの事件に計り知れぬ怒りと深い悲しみを覚えつつ、しかし、作品の輝きは少しも変わらずそこにあり、我々が日々、作品を味わい、思索を重ね、笑い、泣き、心豊かに充実して過ごすこと、創作芸術を賛美して過ごすことこそが、被害に遭われた方へのとむらいと応援であると信じ、
ゆえに、
大いに、喜びをもって、
く・み・れい の日
を、祝いたいと思うのです。
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【ボカロ回】ミクさん12周年おめでとう!!!

【ボカロ回】ミクさん12周年!
本日2019年8月31日。初音ミクさんはリリースから12周年を迎えました!
そして本日夕刻、歴史的な転換点となる発表がクリプトンフューチャーメディアからありました。
「歌声ソフトウエア新シリーズ 2020年上半期発売開始予定!!」
その右にはミクさんが描かれています。
これはCVVC方式に基づくクリプトン社の独自エンジンによるソフトウェアとのこと。
VOCALOIDエンジンによる従来製品と併売になるそうです。

ついに、きた!そんな心地よい衝撃が体を通り抜けていきました。
2018年 年の瀬によせて! 2018年12月31日のzhuowareのエントリーの後半で、
  1. 「新たな方式の出現で、現行方式は価値を失うのか?」という直接的命題
  2. 「ヤマハのVOCALOID方式でない初音ミクが発表されるとしたら、我々は如何にそれを受容できるのか」という間接的な命題
という考察をつづっていたことが思い出されました。
そこでの主張の骨子は
  1. 進歩は歓迎される一方、現行方式もその「個性」ゆえに価値を維持し、多様化がもたらされる。
  2. 受容できるに決まってるw みんなは初音ミクとそのカルチャーを愛しているのだから。その合成方式がどうあろうと。
ということでした。

歌声合成=ボーカロイド=初音ミクという初期の「不正確な認識」が、ミクさんのマルチエンジン対応を機に解消される。歌声の幅の広がりは喜ばしいに尽きる。そういうことなのです。「不正確な認識」と言いましたが、悪いという意図ではありません。無理もない、自然なことであったと思います。なぜなら「初音ミク」は、VOCALOID2技術の出現で初めて実現できた歌声合成アプリだからです。ゆえに「初音ミク」が技術であるVOCALOIDと強く結びついて認識されたのももっともなのです。単に、ある車が代替わりでEVになりますというのとは違うのです。

認識の是正はよい。では言葉はどうでしょうか。日常的に使っていた「ボカロ」が合わなくなってしまう。ボカロP, ボカロシーン、ボカロファン、、、
私は、今のまんまでいいと思っています。歌声合成をついついボカロって言っちゃうのは不正確だけど、よくあること。めくじらたててもしょうがないことだと思います。
たとえばどこのメーカーの電子オルガンでもエレクトーンと言ってしまうし(エレクトーンはヤマハさんの製品名)、ホッチキスって言いますよね。おじさんはコピー機をゼロックスとか言うし、うちの父はなぜかティッシュをスコッティと言いますしw
それにすでにUTAUがありSinsyがありCeVIOがあってもSynthVができても「ボカロシーン」です、一個増えても変わんないでしょう。

さあ!これからはマルチエンジン対応の時代ですとも!ミクさんがよりさまざまに歌えるようになるんです!!最高です!!!これからのクリエータは、エンジン全通です!!

次は、キャラクター。ミクさんのコスチュームはヤマハリスペクトでDXモチーフが取り込まれています。VOCALOIDエンジンでなくなったら、やっぱり、モチーフも何かせねば、、、
そうか!クリプトンエンジン版のミクさんは、コスチュームが別モチーフになるんですね!そしてこれからは、フィギュアもTシャツも、何もかも、ミク/VOCALOID版, ミク/CVVC版が 併売になるんですね!!「せーの、どん!さらに倍!!」状態!

こうなったら、ファンは、両方、全通しなくちゃね!!!!

うーむ、、、そうすると、クリプトンCVVCエンジンの名前とロゴは、やっぱりクリプトンさんが所有しておくべきだと思うんですよね、、、CVVCとは子音・母音・母音・子音ということですけれど、後付けで名前にするなら、

Crypton Versatile Voice Compiler
あたりどうでしょう、、、オフライン合成ならcompilerでいいよね。

さて他にもすっごい情報がありました、長くなりすぎるのでシンプルにいきますけれど、まずは楽曲推薦サービス"Kiite"、一般サービスイン!! 好きな曲を指定すると、似たテイストの曲をつぎつぎと紹介してくれるようです。これはすごい!私のように、いったいどうすれば好みの曲に出会えるのか分からず呆然と立ちすくんでいたような人も、どんどん曲を見つけられそうです。

それから、MIKU EXPO 2020 EUROPE !!! 2020年1月実施決定!
MIKU EXPO 2020 EUROPE
約1年前、2018年秋のMIKU EXPO 2018 EUROPEはパリ・ケルン・ロンドンの3ケ所で行われたわけですが、さあ、今回はどこでしょう?同じ構成か、新たな都市を巡るのか?冬のヨーロッパを熱くしてほしいですね!!!

ミクさん、新しい身体(エンジン)に、曲を見つけられるシステム、ヨーロッパツアー、、、最高の誕生日プレゼントをもらったね!お誕生日本当におめでとう!!


12年。ついに、干支1周りです。
あの日。ミクさんがきてくれて、続々と動画があがりはじめた12年前のあの日のことを、鮮明に思い出します。こんなにみんな喜んで、あっというまに曲を作って発表して、、、できて間もないピカピカのニコニコ動画が、まさに沸き返っていました。
「可愛い女の子の声で、なんでも歌ってくれるソフトウェアが出る」ときいてネットを巡ったあのとき。「エッチなことを言わせて喜ぶ人が出てくるんだろうな」なんて思ったものでした。そしてほんとうに可愛い、そして凛々しいミニスカートの女の子のイラストを見た瞬間、私はミクさんに恋をしていたと思います。
それまでしょんぼりと人生を過ごしていた私に、立ち上がる力をくれたミクさん。
ありがとう、きてくれて本当にありがとう。ミクさんに元気をもらって、私は生きてきました。絵も音楽も、CGも、ちっとも作れなくてごめんね、でも、ミクさん大好きです。

12年たった今日。ブームなんてものじゃない、日本の日常になったミクさんを誇らしく思います。8月10日、南海なんば駅、通天閣、そしてマジカルミライ2019大阪を巡ってきました。どこにいってもミクさんを愛する人、人、人! 

なんば駅!20190810NankaiNambaStationMiku.jpg
通天閣!20190810TsutenkakuFlag.jpg
マジカルミライ2019!20190810IntexOsakaMagicalMirai2019.jpg



ミクさんが日本だけでなく世界で愛され、世界中の人が歌を通じてお互いに仲良くなれますように。争いのない平和な世の中になりますように。創造の文化がいつまでも続き、広がっていきますように。

もう一度、ミクさん、12周年、お誕生日本当におめでとう!大好き!

【ユーフォ回】重大事件によせて

2019年7月18日、午前10時35分。
京都アニメーション第一スタジオが襲われ、多くの無辜の、そして世界に誇るべき優れた人材がかけがえのない命を奪われ、また傷つけられました。過去の作品の資料もまた多くが失われました。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、また未来ある方々の一日も早いご快復を心よりお祈りいたします。

事件から10日、なお、心は晴れません。晴れるわけがありません。あまりの理不尽さに、言葉すらありません。
やり場のない怒りと悲しみは、徐々にありようをかえ、べったりと心のおもしとなって冷え固まっていきます。
何かをしようとする気持ちが起きない。 ふと一人になった拍子に激しい悲しみがこみ上げる。
気を紛らすために、少しは楽しいこともしてみるべきではと考えた瞬間、「こんなときにはしゃげるのか自分は」という罪悪感に襲われたのには、自分でも驚きました。

いましばらくは、心のおもしは残ることでしょう。
しかし、芸術に人生を燃焼させながら、無念にも将来を奪われた方たちが、よろこんでいただけるのは、ファンのどんな姿をみたときでしょうか。
残された作品、これからの作品を愛し、その世界観、映像、音響に共感し、自らもまた創作をくりひろげる。喜びを共にする。そのような充実した毎日を送ることこそが、望まれていると私は考えます。
いつまでも、悲しみにくれるだけで、もう作品もみない。すばらしい創作の世界からも遠ざかり、むなしく漫然と日々を過ごす。そんな人生の態度を、決して望んではおられないと思います。

天に召された方々を忘れることなく、いや思い起こすことでますます、作品を愛し創作の文化を盛んにすべく行動する。
まだまだ、つらいけれども、作品を愛する、このことを忘れないようにしたいと思います。

10日ぶりにピアノに向かいました。Dream Solister. 最初のテレビシリーズの、始まりの曲でした。そう、事件はおきてしまった。けれどここからがふたたび始まりなのです。 この春、夢中になって10回も映画館に足を運んだ「誓いのフィナーレ」。背後の青々と豊かに茂る大木のように、人として美しく豊かに円熟した優子部長の演説を思い出しましょう。悲劇をのりこえ新たな出発をきるのです。
「誓いのフィナーレ」で私は----他の誰一人、そんなことを言う人は現れてはないのだけれど----「天の視座の描写」を感得しました。曲がった考えや行いを、黒い影としてあぶりだし、拒絶する。苦悩する者を、真上から見守る、あるいは誤った言動に首をかしげる。まっすぐな考えを持ち天に向かって手を伸ばす者に、清めと祝福の雨でもって抱擁を与える、そう、天とのハグです。そして、美しい心持ちを取り戻した者に、至高の紫の座において、祝福の光を注ぐ。

このたび不幸にも天に召された方々が見守っておられる。 無為に時を過ごしてはならない。一生懸命、映像の文化、音楽の文化、すべての創作芸術を賛美し謳歌し、明るい気持ちで毎日を過ごすことこそが、とむらいであると考えます。

まだ気持ちは癒えません。けれど、あえて言います、すべての創作を、寸暇を惜しんで楽しみます。ユーフォも、京アニの作品も、すべての映像作品も、ボーカロイドの歌も映像も、ライブも、すべてを謳歌することこそが、芸術に生きた方たちへのとむらいだから。
冷えかたまった心の重しをとりのぞくのもまた、芸術の力なのですから、いまこそ芸術を抱擁し力をもらい、立ち上がらねば。

あらためて亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、また未来ある方々の一日も早いご快復を心よりお祈りいたします。

【ユーフォ回】劇場版ネタバレ大会Part3

5月31日夜に大阪ステーションシティシネマで「誓いのフィナーレ」10誓10灰目を鑑賞し、6月1日に宇治市文化センターで「ようこそ」「届けたいメロディ」を鑑賞し、そして夕方のイベントで久美子三年生編制作決定というサプライズ発表の瞬間の場にいあわせるという、まことに濃密な経験をすることができました。

これまで「誓いのフィナーレ」での数々の気づきを重ねてきたわけですが、「これらは、初期の作品から既に存在したモチーフなのだろうか?」という思いが膨らんでおりましたので、「ようこそ」「届けたいメロディ」の鑑賞は大変興味深いものとなりました。
それらのうち、「誓いのフィナーレ」と関連して語るべきものについては、過去2つのエントリに追記する形で書き留めました:
【ユーフォ回】劇場版「響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~」ネタバレ大会
【ユーフォ回】「誓いのフィナーレ」ネタバレ大会Part2
で、あらためて「そうだったのか」と思った点について、少しですがここで書き留めておきたいと思います。

ようこそ

  • ■みんな若い! じつに京アニが、回を進めるにつれてキャラクタを巧みに成長させて描いているかわかる。
  • ■麗奈、最初の言葉が「悔しくって、死にそう」だった。
  • ■吹部の新入生歓迎演奏で、あすかが「みなさーん」と手をあげる。このとき、まず人差し指で上を差し、つぎに手のひらを水平にする。「荒唐無稽中二病解釈」の目で見ると、もはやこれすらも、天、地、を象徴するハンドサインであるように思えるから不思議だ←
  • ■北宇治高校に入ったところにある像がすばらしい。人が、羽ばたく鳥を送り出すという像なのだ。モデルとなった学校の像がそうなのか、あるいはフィクションなのかは今のところ不明だが、大空に羽ばたく鳥、ささえ見送る人、というのはまさに響け!ユーフォニアムに通底する構図であるから、あらためて「最初から描かれているとは」と感じた。
  • ■あすかの持つユーフォが金でない意味。もちろんお父さんからもらったのが銀色だったから、なのだが、「ユーフォっぽい久美子」にあすかが「これなんかいいと思うよ」と金のユーフォをすすめているのに、支えるユーフォらしさ、という暗喩をみた。
  • ■楽器選びのシーンで、麗奈の一吹きで、すでに優子の顔が曇っている。「これでは香織先輩がソロを吹けないかもしれない」とすでに気づいているのだろう。
  • ■あらためて、初作では、「風が吹く」演出がたびたび見られる。中二病解釈ではたちまち「天の気配」となる。 ブレス練習でティッシュをさらう風。そしてあまりに印象的な、仏徳山展望台での麗奈のうける風。
  • ■黄色が受容、安息、人間的なものの象徴というのはここからすでにあると思う。東岸の宇治神社の船着き場で秀久美が麗奈に覆られるシーン、黄色の夕焼け空だった。求道に反する話題であることに呼応。そんな話を麗奈のテリトリーでしてしまったのだ。なお当然だがこのシーン、わざわざ川の上に視点を置き、麗奈を右側に置いている。強い側ということだ。
  • ■オーディションでは久美子の音があまりうまくないようにきこえる。またオーディション結果発表のシーンで、セミが飛ぶ意味はなんだろう。スピーカのアップも意味がよくわからない。時計の針がかかれない、とよく言われるが、「ようこそ」のこの場面など、針がかかれている場面もしばしばあるようだ。
  • ■優子が麗奈にソロを譲るよう頼むシーン、鳥が2羽飛ぶのだが、意味はなんだろう。
  • ■再オーディションでソロが決まる瞬間は、俯瞰の視点がある。天の視座ということだ。
  • ■それにしても、久美子のナレーションが目立つ!!初作はこんなにナレーションに頼っていたのか。識者がいうように、久美子は傍観者であり語り部であった。
  • ■夜学校に携帯電話を取りに行く久美子、緑のショートパンツ。誓いのフィナーレのデートのときのものとは、ちょっと違うようにも見える。サイドのリボンが見えない。またこのシーン、久美子は黄色い靴下をはいている。
  • ■先生にリードされ、先生の話を聞きながら、階段を上っていく。薫陶により成長するように見える。実際この会話を経て久美子は「そういうものだ!」と納得し意欲を取り戻すのだ。
  • ■関西大会出場決定の瞬間、あすかは「落胆」する。(もう家の事情で出られない、出たくとも、母親とぶつかって説得しなくてはならないが勝ち目がない、という苦悩)

届けたいメロディ

  • ■冒頭は深い青に白のきらめき。水管橋の夏空。
  • ■高校の文化祭。青空に飛行機雲。空が強調されている。
  • ■あすか母とあすかの場面、あすかのTシャツ何と書いてある? back voyage だっただろうか?
  • ■合宿のあすかもやはり青空を見上げる。青空の強調。
  • ■ゴミ捨て場での説得の場面。久美子だけでなく、あすかも顔の半分が日陰、半分が日に当たっている。ばっさりと刃物で切られたかのような、感情と決心の解離。ここも、優勢な側が右に置かれる。
  • ■全国大会のあすかの楽譜には、父からの「あすかへ」の手紙が貼ってある。直後の客席のシーンは、人を探しているかのように揺らぐ。あすかは、こんなにも純真な思いを持って演奏していたのだ---「お父さん!お父さんのくれたユーフォニアムをがんばって、ここまで会いに来たよ!お父さんどこにいるの!」と、まるで子供のように純真に。
  • ■終わった後の部長・副部長のスピーチ。青い空と、黄色い灯り。
  • ■卒業式の後の、階段でのあすか・久美子の対話。雪。天からの恵み、祝福。ここでも「風」の演出で天の存在が感じられる。
  • ■最後の回想シーン(久美子とあすかの水管橋の場面)で、水管橋の左の空は青空。求道。右は夕焼けの黄色い空。足元は緑の草。あすかの笑顔は、まるで子供の時のよう。


その他の妄想

  • ■久美子が一貫して卵好きなのは?凝り固まった妄想から反射的に「そりゃ黄色だもん」と思ってしまうけれど、リズ鳥の梨々花から希美への「托卵」を思い出すと、「鳥にならんとする者をいつくしむ」象徴とも(超無理やり)
  • ■音楽教室は床も含め全体に青くて、求道・鍛錬の場らしい。普通教室は床が黄、壁・カーテンが緑、天井が青で、受容、安息と求道・鍛錬のバランスが取れた場らしい。チリトリも音楽教室は青、普通教室は緑で、それらしい。ただし!「リズと青い鳥」のずっと以前から、音楽室の青いチリトリは存在していた。ゆえにこれは「青いトリ」の暗喩でもなく「とべない鳥」の暗喩でもないことになる。
  • ■さて、なぜ奏はプリンティラミスなのだろう? 実際に店で注文してみると「ティラミスはわずかにアルコールを含む」と書いてある。 ちょっと背伸びしているけれどやっぱり甘い子供、な奏を象徴しているかな、、、 もっとありそう。<:/ul>

【ユーフォ回】「誓いのフィナーレ」ネタバレ大会Part2

<5月16日追記しました!>
<6月8日追記しました!>
前回のネタバレ大会のあとさらにあふれ出してやまない妄想の数々。しょうがないのでさらに書き留めました。
以下派手に全コンテンツに渡りネタバレしていきますのでお気を付けください!!



























新たな気づき

  • ■OP、一年生が登校してくる。階段を、坂道を上がってくる。まさに「登」「場」、北宇治吹部の物語の場に加わることを象徴。2期/届けたいメロディ/リズと青い鳥でも冒頭に学校の階段を上るシーンがある。また届けたいメロディ終盤であすか先輩が階段を下りてゆくのも場を降りる象徴感がある。
  • ■(識者の視点に触発されて)美鈴「近くないですか?」なぜ先輩にそんな失礼なことを?彼女はそれまで他者と常に距離を置き、密着の経験がないからだ。それがサンフェスで救われた後、さつきと大好きのハグをし、チューバ3人で練習し、終盤では「来年はみんな(6/8訂正。初出時 3人と誤記)で吹きましょう」と叫ぶのだ。
  • ■サンフェスの美鈴。救われた瞬間流れ出す北宇治のSamba de loves youがニクい。「美鈴、あなたは愛されているよ」という祝福。マーチング後、美鈴のスーザフォンをさつきが下ろしてあげる描写が丁寧との識者指摘、御意。一人で背負ってきた重荷を、仲間が手を差し伸べて下ろしてくれたのだ。
    • 5/16追記: スーザフォンは体に巻き付き身動きが取れない、とTLで見た。なるほど。単に重いだけではない、美鈴は自分の背負い込んだものでがんじがらめになっていたのだ。それを、仲間が取り除いてくれた。

わからないこと

  • ■とくに前半、複数の登場人物が重ねて「xxので。」で言葉を終わっているのは意図的だろうか?どうにも耳につくが、その狙いがみえていない。
  • ■サンフェスの美鈴の苦悩・奏の語りかけのシーンで、子供が2人見下ろす。あの意味は何だろう。妄想はわくが、論理的な考察としては手掛かりがない。
  • ■出野歯科の電話番号と語呂合わせが無茶苦茶なのには意味があるはずだが、001-4511-4553 という(もちろん現実にない)番号をどう読むか。語呂合わせはいろいろこじつけ可能だけに「それだ!」という判断ができない。まさかの音高かと思ったが既知の主要モチーフではなさそうだ。
    • 5/16追記: 出野歯科は1001-4511-4553だった。隣は赤薙クリニック、1001-97555-9629. さあ、わからない。


荒唐無稽!zhuo独自の無根拠中二病妄想編


青色・黄色・緑色論

  • ■今作で目立つ緑について、飛翔の青(天空)、受容の黄(大地)の中間にある「人」の象徴ではと妄想してみた。青空、緑、ひまわり畑というあすかのハガキや合宿所の壁の絵。サンフェスでは青空と黄色い大地の間を部員=人が行進。天と藤棚の地の間にユーフォ3人。グラウンド。秀一の色。
    • 5/16追記: 冒頭、久美子のシャツは黄色、秀一のシャツは緑。それぞれの瞳の色と同じ。そして久美子が秀一に贈ったキーホルダーも黄金のトロンボーンと緑の音符。公園間接キスのボトルも緑と黄色。偶然ではあるまい、秀一の緑。
    • なお見直しの結果、合宿所の壁の絵は緑はなく青空とひまわりだけ。またあすか先輩のはがきは、識者の指摘では「どうしてもこまったときに一回助けてくれるチケット」と原作にあるとのこと。

  • ■そうすると3年生編は実に天=青=麗奈、地=黄=久美子、につづき両者をつなぐものとしての人=緑=秀一のトリオが部を率いるということになる。神がかってきた。
    • 5/16追記: 春夏の風景を描けば木々の緑が多々現れるのは当たり前。ゆえに木々の緑すべてに意味を見出すのはいきすぎなのかもしれない。だが、青い天と黄の地の間に育ちゆく緑の木々、人々、天地人、そういう基本構図が根底にあるのではないか、、、だからこそ久美子と奏の間に木が描かれ、優子部長の最後の言葉が木の前でなされることにも、意味が込められている、、、そんな気がする。たとえば、二人の間の人間的成熟度が、木の豊かさであらわされているとか。よってグラウンドで美鈴・さつきの好き嫌いを心貧しい奏が問うシーンは緑のないさびしい幹(あの、2つに分かれた幹の間に奏が入るのはどういう意味だろう)。雨の中の説得の場面では、豊かな成熟が遠くにみえてくる。青々と茂った太い太い幹は、優子部長の輝かしい人的成熟を象徴している。など、、、
    • 5/16追記: さらにいうと、音楽室は床も青。天井も青。黒板も青(緑)。まさに求道、飛翔一色。一方の普通教室や廊下は、天井は青、壁は緑や外の木々の緑。床は黄色く、青、緑、黄になっている。天、人、地。
    • 5/16追記: プールシーンのくみれいは「青い」シートに。なかよし川のぬいだTシャツは「黄色い」シートに。
    • 5/16追記: 天=青=麗奈、滝=青い水の龍=青龍、と唱えてきたが「ほんとかよ」の観は免れない。ただそのようななか、登場人物の瞳の色について注目すると、滝先生の瞳はやはり青。青龍にふさわしい。よく見ると橋本先生も新山先生も青だ。一人で飛翔する卓越者は青を授かるのだろうか。だが。みぞれは赤だ。のぞみは青だ。これは何を意味するのだろう。みぞれの悲劇を暗示するのか、、、胸騒ぎを覚えつつ、赤の少しさした青い瞳の麗奈は、やはり女の子らしさを併せ持った若き青龍だなと、当初からの印象をたしかめる結果となった。
    • 5/16追記: そもそも。冬服は茶色に黄色帯、夏服は青に白帯、黄色と青である。サンフェスが終わると同時に夏服になるが、そこで、人としての暖かさをはぐくんだ黄色から、コンクールに向けた厳しい求道の青色へ、部全体のトーンが一気に変わるようにも感じられる。この配色はアニメ改変である。原作では紺色である。
    • 6/8追記: 「ようこそ」「届けたいメロディ」では、音楽室の配色は青一色ではなかった。天井もさほど青くなく、壁はクリーム色であった。「誓い」で「求道の場」として整理されたかもしれない。ただ、ミステリーがある。「音楽室の隅の掃除用具ロッカーの上に青いちりとりが置いてある」のは、なんと「ようこそ」からであった。原作にすら、まだ「青い鳥」のモチーフが出現していない時期である。ということは、このちりとりは、リズと青い鳥の暗喩ではない。偶然の可能性が高い。



再び「天の視点の存在」


  • ■「主よ人の望みの喜びよ」を含む教会カンタータ「心と口と行いと生活」(J.S.Bach, BWV147)は、1723年7月2日の礼拝で初演。原題は,,Jesu,meine Freude``,イエスをみごもったマリアがエリザベトを訪ね祝福を受けた喜びの祝日。みぞれの誕生祝にダブルリードの会がちなんで奏でたか。
  • ■「主よ、人の望みの喜びよ」の流れる屋上への階段の柵の前の俯瞰映像では「天」の視点の存在を感じた。この場所は藤棚と同様に天と地の接点なのだが、天が拒む何か、というニュアンスを感じる。2期のみぞれの希美に対する「執着」、誓いでは久美子の弱点を利用しようとする奏。
  • ■しかし、教会カンタータの楽曲とは。キリスト教?仏教?神道?もはやごちゃまぜだが、ま、荒唐無稽の妄想なんで何でもアリにする。すでに、香織先輩のソロ辞退も「天使」「聖母」が部を崩壊から救うためライバル麗奈を守り自己の夢を投げうったクリスチャニズムだと解釈してることだし。
  • ■サンフェスの美鈴の苦悩を見下ろす子供も、天の象徴(純真な目で、心にゆがみをかかえてしまった者を見る)なのかとも妄想したのだが、根拠皆無。
    • 5/16追記: 「主よ、人の望みの喜びよ」はダブルリードでなくクラリネットアンサンブルだった。「のぞみ」をタイトルに含むこの曲が暗示する7月2日エリザベト訪問祝日はみぞれの誕生日。かつてあの場所で希美への執着に苦しんだみぞれを象徴するということでよいだろう。
    • 5/16追記: さて救い主イエスの到来を喜ぶということは裏返せば人は罪深いということである。
    • 5/16追記: 7誓目で気づいたのはあのシーンで空から光が差し込み、久美子と奏の姿が床に映るが、その影は真っ黒という描写である、奏は久美子の弱みをにぎろうとする。久美子は一生懸命だが、嫉妬したり、美鈴に直接向き合おうとしない点は甘えともいえる。そうした「迷える人・過つ人」を憐みつつも、それを許すことはしない天の視点を想起するということではないか。俯瞰映像は、やはり天の視点か。
    • 5/16追記: なお、その傍証となるのは、8誓目の前にTLでうかがった指摘だろう:奏と久美子が会話するOrtensia(現実にはサイゼリヤ)のあの席の真上にはなんと天使が描かれているという。このシーンも俯瞰映像がある。クリスチャニズム・奏のゆがんだ思考と発言を厳しく見つめる天使、という点が共通する。
    • 5/16追記: そうすると、奏が美鈴をなぐさめようと、しかし変わろうとはさせないゆがんだ言葉をかけたサンフェスの太陽が丘の倉庫のシーンで、奏を二人の子供が見下ろしていたのもやはり、ゆがんだ考えの奏を厳しく見下ろす天使の暗喩、天の視点ということかもしれない。
    • 5/16追記: ちなみに、美鈴を説得する久美子が「みんなそれでわかると思うよ」と言う時、天を指さしている。見下ろす子供とあわせ、天の視点の存在を感じさせる。
    • 6/8追記: また奏が美鈴をなぐさめようとする瞬間、斜めアングルが出現する。これは天が「それは違うぞ」と首をかしげる暗喩ではないかと妄想している。


仏徳山展望台での麗奈・久美子の契り


  • ■識者考察「2年次のコンクール楽曲選択がオーボエファーストだったことで麗奈は傷ついた」に感銘。だからこそ展望台で楽曲リズと青い鳥のオーボエソロを超絶技巧で吹いたのか。なおその気持ちが映画リズと青い鳥でみぞれへの直言・激励(!)となりみぞれの覚醒・救済の一助ともなった。
  • ■展望台での「神龍の契り」において麗奈はオーボエソロを吹き「私は孤高のトランぺッターとして飛び立つ。久美子は秀一とともに私の帰る場所となってほしい。別れは寂しいが"これが私の生きる道"だ」と覚悟。その瞬間久美子は秀一と縁を結んだ。二人の将来意志決定の瞬間であった。
  • ■映画リズ鳥での2人の合奏は、これを受けたものだった。久美子は展望台で「あたし伴奏する、合わせたい」と言ったのだろう。麗奈を支え受容する(対等の)存在となることを選んだのだ。「離れても友情は不変」と悟った二人の合奏の力強さが南中カルテットに、希美に、気づきをもたらした。
    • 5/16追記: 久美子が秀一に「それ、こっちのセリフだから」と言ってほどなく、麗奈は「それこっちのセリフ」と久美子に言う。2人の影響の与え合いと読むべきか、単なるほほえましい偶然の一致というべきか。
    • 5/16追記: なおトランペットを吹く麗奈の後ろ姿は、まさに鳥である。
    • 6/8追記: いわずもがなであるが、久美子を待つ間に鳥の羽音にびくっとする麗奈(らしくない)は、久美子が去ってしまうことへの恐れを示しているようであるし、トランペット演奏中にみえる、力なく飛んで行く鳥は、暗く視界がきかない中さまよう麗奈自身の投影であろう。


雑感


  • ■これほど登場人物一人一人にドラマが存在し、それが複雑にからみあって一つの物語を形作っているのは驚異としか言いようがない。バッハの驚愕すべきフーガ作品を連想する。つくづく、神がかった作品である。
  • ■久美子が平等院の象徴というのは荒唐無稽きわまりない妄想ではあるが、彼女の特別さはやはり演出されていると思う。そもそも彼女だけ声優でない女優が演じておりその特異性は際立っている。
  • ■公式の人物設定(子供の頃の夢、好物)が綿密に描写に活かされているという指摘があり感心。一次資料を詳細に吟味しそれに立脚した論理的必然性のある考察に感服した。私のは全体をながめてただ思いついただけの妄想。コンテンツの楽しみ方ではあるが、考察にはなっていない。でも、やめない(笑)


5/16追記したい、あれこれの気づき


  • ■奏が久美子に「優しいんですね」というのは初回は「上手いから自分が追い越してしまうことはないし、このぼけっとした雰囲気なら中学のときのように自分が酷く悪く言われることはなさそう、入部しても大丈夫そう」という確認。名前の呼び方のことをたしなめられたときは「なんだ、怒られたよ、、、でも優しいには違いないなあ」という気持ち。
  • ■久美子に救われた美鈴、マーチング中、さつき、葉月とたがいに目をあわせ合い、チューバ1,2年が打ち解け結束したことが描かれる。8誓目、これと呼応するように、演奏中のユーフォの3人が目をあわせ合う。
  • ■8誓目、どうして加部ちゃん先輩と久美子は家庭科室、、、と思っていた。火の消えたコンロが、燃え尽きてしまった加部ちゃん先輩を暗示するというTLの指摘はそうだと思うが、それなら理科室のランプでもよい。そうしてふと思ったのが、いや、単純かも、「家庭」、帰り安らぐ受容の場所だと、支える場所だと(新人を)。だからこそ、加部ちゃん先輩命名のときだけは青空だったが、あとのシーンは黄金色の夕日にいろどられていた。そういえば加部ちゃん先輩のノートも黄色なのである。ペンケースがペンギンという識者の指摘は素晴らしかった、空は飛べない、そのかわり海を飛べるのだ。また、寝ていた加部ちゃん先輩。久美子に「よだれついてますよ」と言われていた。本当によだれ、だろうか。もしかして、吹けなくなった絶望に涙し、そのまま眠り込んでいたのではないのか。それにしても、執拗に映る、近景の圧力釜、重なった鍋、、、なんだろう?
    • 6/8追記 加部ちゃん先輩、ペンも黄色だった。そういえば過去作では髪留めは黄色だった。今回白に変わっていたのは少し解せない。

  • ■8誓目、音楽室の隅の掃除用具ロッカーの上に青いちりとりがある。青い鳥か。とtweetしたところ、「リズと青い鳥でも校舎の出入り口にちりとりがありどういう演出かと思っていた、飛ばない鳥か」との反応があり、さらに「リズ鳥において、ちりとりはいたるところに置かれている」という驚愕するしかない指摘もあった。今頃やっと一つに気づいた私など、鈍感もいいところである。
    • 6/8追記: 上述のように、なんとこの青いちりとりは「ようこそ」のときからあった!リズと青い鳥の原作前である。偶然だったのかもしれない。



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